AIやDXは事業サイクルを加速させる武器だ――松尾豊教授が語る 企業のAI活用を後押しするセミナーを徹底レポート

「AIの技術は急速に進展しており、間違いなく今後も進化します。そして企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める中で、このAIがとても重要な要素になります」――こう話したのは、東京大学大学院の松尾豊氏(工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学 専攻教授、日本ディープラーニング協会 理事長)だ。

AIの進歩と企業のDX、両者の相乗効果について松尾氏が講演したのは、企業のAI活用を後押しするためにデル・テクノロジーズが開催したセミナー「Dell de AI “デル邂逅(であい)”セミナー Vol.2」(2022年4月15日)だ。松尾氏の基調講演を皮切りに、AIベンダー8社の担当者がAIの導入事例や活用のヒントを紹介した。

AIやDXは「見かけ上の時間を早回し」して企業資産を増やす武器だ――松尾氏

松尾氏が「DX時代のいま『AI活用」がもたらす企業の“勝機”」と題した基調講演で最初に語ったのは、AIの進化についてだ。英DeepMindの囲碁AI「AlphaGo」が16年にプロ棋士を破ってから6年がたち「いまやAIが身近なものになりました」(松尾氏)

東京大学大学院の松尾豊氏(工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学 専攻教授、日本ディープラーニング協会 理事長)

AIの中でも、特に画像処理や自然言語処理の分野でAIの精度が向上している。こうしたイノベーションの背景にはディープラーニング(深層学習)の急激な発展があると松尾氏は話す。現在は製造業や小売業、物流、医療といった産業分野でAIの実用化が進んでおり、今後はHR(人事)や法務、マーケティングといった領域でもAIが活躍すると松尾氏は見込む。「AIは10~20年の単位で大きなイノベーションが起こると思います。AIをどう活用するかが企業にとって重要な課題だと思っています」(松尾氏)

AIの力を享受できる場面の一つがDXだ。DXはデジタイゼーション(アナログな業務のデジタル化)と、デジタライゼーション(業務の効率化など付加価値を生む)の両軸で成立する。ここにAIを投入すれば、従来は扱えなかったデータを高い精度で活用して新たな価値を創出できる。

DXの効果は「見かけ上の時間を早回しする」ことだと松尾氏は説明する。企業の複利(投資の利益を元本に加えた上での運用利益)は次の式で表せる。「y(t)=a(1+r)t」――aが元本、rは利率、tは時間を示し、y(t)はt年後の資産額を意味する。これまで企業は資産を増やすために、r(利率)を大きくしようとしてきたが、利益を上げるにはt(時間)の経過を待つしかない。しかしデジタル化や自動化によって、事業のサイクルを素早く回せば見かけ上のtを加速できる。DXやAIはこれを実現する武器になる。

企業の複利を表す式(松尾氏の講演資料より)

企業がAIのメリットを享受するには、まず小規模なパイロットプロジェクトでAI活用の成功体験を作り、そこから社内のAIチーム設置や企業の戦略策定を進めることが重要だ。「進化を続けるAIを使って、企業の発展につなげていただきたいと思います。そしてAI活用を成功させるには、外部のAIベンダーやスタートアップと連携することが大切です。このセミナーでよい“であい”がありますように」――松尾氏は講演をこう締めくくった。

AI活用に悩む企業とAIベンダーをマッチング デル・テクノロジーズの試みを紹介

今回のセミナーは「Dell de AI “デル邂逅(であい)”」の名を冠している。これはデル・テクノロジーズが進めるプロジェクトで、AIを活用したいと考える企業と、Dell de AIのパートナー企業であるAIベンダーを引き合わせる取り組みだ。

Dell de AIのアドバイザーに就任した高木友博氏(明治大学 理工学部 教授 工学博士)がプロジェクトの意図を説明した。高木氏はAIを構築する理論の一つ「ファジー理論」の分野でトップクラスの研究者で、企業のAI活用を多数支援してきた。

高木友博氏(明治大学 理工学部 教授 工学博士)

「これまで産業界でさまざまな企業と接する中で、AI活用が進まない現状を見てきました。企業が一歩踏み出せない背景には、企業の課題をAIで簡単に解決できるのにそれを知らない、いざAI活用に着手しようにも誰に頼めばいいか分からない、といった理由があります。AI活用に悩む企業とAIベンダーを適正にマッチングすることで、この2つの課題を解決するのがDell de AIです」(高木氏)

Dell de AIに参加すると、AIを活用したい企業はどのようなAIベンダーに出会えるのか。ここからは、セミナーに登壇したDell de AIのパートナー企業を紹介していく。

Dell de AI “デル邂逅(であい)”プログラムのマッチングサービス

DXの第一歩は、エッジAIで賢く低コストに業務を効率化

40種類超のAIモデルで映像解析 既存のカメラ活用で低コスト実現(Gorilla Technology Japan)

「エッジAIでDXに貢献」というキャッチコピーを掲げるのはGorilla Technology Japan(東京都港区)だ。同社が提供するAIを使った映像解析ソフトウェア「IVAR」は、独自に開発したAIモデルを40種類以上含んでいる。そのうち汎用型モデルはカメラに接続すればすぐ使え、カスタマイズ型モデルは再学習を進めれば精度向上を見込める。

顔認証や混雑度の分析といった人に関わる解析から、走行中の車両の検知や店舗での導線分析、忘れ物検知など幅広いシーンで活用できる。

既存のカメラをリプレースせずにIVARを使えるため低コストで導入でき、定期的なソフトウェアのアップデートで最新の機能を使える。トライアルから本格導入までは3ステップで、素早く導入できる点が特長だ。

専門知識がなくても自社独自のAIモデルを作成(Acroquest Technology)

AIを活用する中で、自社独自のAIモデルを作りたいケースもある。それを支援するのが、Acroquest Technology(神奈川県横浜市)の画像・映像分析AIソリューション「Torrentio Video」だ。AIの学習やモデル作成のフローを簡易化しており、専門知識がなくても一定量のデータを用意すればAIモデルを作成できる。

作ったAIモデルはエッジ端末で稼働し、画像内の物体検知や異常検知、状況検知をリアルタイムで行える。

すでに製造業では異常検知などの作業に、物流業では仕分け作業への導入実績がある他、社会インフラの整備では老朽化の検知で活躍中だ。本格導入の前に、Acroquest Technologyが用意したデータからAIモデルの精度を検証するため、導入後のミスマッチも少ない。

40枚の画像から16秒でAIモデル作成 多品種少量生産に対応可能(LeapMind)

AI活用を進めたい製造業の企業を阻むのが、多品種少量生産という特徴だ。画一的なAIモデルでは検査対象が変わった際に対応できないことがある。この課題を解決するのが、LeapMind(東京都渋谷区)のエッジAI外観検査ソリューション「Efficiera」だ。数十枚の画像データだけでAIモデルを作成できる。

セミナーでは実際にAIモデルを作るデモンストレーション映像を上映。手のひらサイズのカメラで傷のない金属板の画像を40枚撮影した後、AIの学習をスタート。あっという間に約16秒で学習を終えた。そしてカメラに傷のある部分を写すとしっかり異常を検知した。

学習から推論までエッジ端末で完結するため、必要なAIモデルを現場で簡単に作れる点がメリットだ。

AI活用を成功に導くカギは、AIベンダーとの伴走か

課題解決に向け、顧客に寄り添ってAIの活用方法を考える(システム・ケイ)

AIモデルを作って自社に導入する際、より高い効果を上げる方法は何か。その答えとして「顧客の業務に寄り添って、どう業務を効率化すると成果が出るか考える」ことを重要視するのが、画像認識AIを手掛けるシステム・ケイ(北海道札幌市)だ。AIでどう課題を解決するか、コンサルティングまで担う必要があると同社の担当者は話す。

AIやサービスを導入するだけでなく、顧客の課題に向き合った提案をする姿勢が伝わる事例がある。顔認証で出退勤を自動管理して正確な労務管理を実現したケースでは、システム・ケイの画像認識AIだけでなく、防犯カメラや自動ドアの動作、入退室ログといった要素を組み合わせて顧客の要望を実現した。

システム・ケイは丁寧な顧客対応の実績と経験を武器に、課題解決を支援している。

「お客さまと二人三脚で」 エンジニアの知見を生かした提案をする(Avintonジャパン)

AI活用のコンサルティングに注力するのはAvintonジャパン(神奈川県横浜市)も同様だ。世界各国から集ったエンジニアが顧客の現場に入り込んでデータの収集からモデルの選定、開発、チューニング、検証までを一貫して手掛ける。モットーは「お客さまと二人三脚で進む」ことだ。

同社が提供するのはIPカメラとAIを組み合わせたエッジでの画像処理ソリューションだ。ネットワーク環境が不要な上に、ローカルで処理するため情報セキュリティの面でも安全性が高い。

Avintonジャパンのソリューションは、工場の立入禁止エリアに人が入ったら警告を発する、通信基地局の老朽化を監視するといった用途に採用されてきた。iPadにAIモデルをインストールして工具管理を簡略化するなど、幅広い使い方が可能だ。

顧客の中に入り込んでDX支援 AIを使った製品開発にしっかり関与(GAUSS)

DX支援の観点から顧客サポートをするのがGAUSS(東京都渋谷区)だ。ローコードAI開発ツールやAIカメラを手掛ける同社は、顧客の中に入り込んで事業企画や事業計画の策定、製品リリースまでしっかり関与することをミッションに掲げる。

同社のAI開発プラットフォーム「GAUSS Foundation Platform」(GFP)は、クラウド上でデータ収集から学習、エッジ端末への搭載、再学習といったAI開発を丸ごと完結できる。さらにAIカメラ「GAUDi EYE」を使えばGFPとシームレスに接続可能だ。

カメラを使った画像解析AIの場合、死角の発生が問題になる。GAUSSではエッジコンピュータを月額制で提供しており、カメラを何台接続しても料金は変わらない。死角の問題を解決したことで、危険エリアへの侵入検知や混雑状況の把握といった製品の開発に採用された。

コールセンターの業務を自動化 “AIオペレーター”の新常識(ソフトフロントジャパン)

AIが活躍するのは画像分析だけではない。AIを使った自動応答システムを手掛けるソフトフロントジャパン(東京都千代田区)の会話AI「commubo」は、コールセンターの業務を自動化するサービスだ。“AIオペレーター”が台本を基に利用者と対話をし、会話を文字起こしして記録する。

セミナーではデモンストレーションを実施。実際に携帯電話に電話をかけ、AIオペレーターと本人確認や日時調整といったやりとりを披露した。電話だけでなく、SMSの送信やAPI連携にも対応している。

既存の電話回線に接続でき、外線に転送することも可能。低コストでAIを導入し、オペレーターの人員削減や負担軽減といった効果を見込める。

AIを正しく使うために AIの品質安全を保証するポイントとは(ヴィッツ)

ここまでさまざまなAIサービスを紹介した。従来の業務をがらりと変えるものもあり、AIの可能性に期待が高まる。その一方で、AIの安全性について考える機会も増えてきた。AIの品質安全保証に関する標準的な規格や基準はまだないとヴィッツ(愛知県名古屋市)の担当者は説明する。

そこでヴィッツは、中小企業庁や名古屋大学などと協力して自動運転分野でAIを安全に運用するための「SEAMSガイドライン」を策定。AIに特化したガイドラインのため、必要なポイントを押さえてAI開発に挑めるだけでなく、実際の開発事例を掲載して分かりやすさを重視した内容になっている。

ヴィッツでは、このガイドラインに沿ったAIシステムの開発支援サービスも提供しており、安全なAIを作る上で現実的なサポートを受けられる。

AIを活用してビジネスを改善 盤石なサポート体制をデル・テクノロジーズが提供

「今回のDell de AIセミナーで、皆さまの取り組みやビジネスを進化させるヒントを得ていただければ幸いです」――こう話すのは、Dell de AIプログラムを主導するデル・テクノロジーズの上原宏氏(執行役員 データセンター ソリューションズ事業統括 製品本部長)。

デル・テクノロジーズは、Dell de AIプログラムを通じて日本のAI活用を加速していきたい考えだ。これに共感するAIベンダーをパートナー企業として迎え入れ、AIを活用したいと考える人をサポートする体制が整っている。

「イノベーションには試行錯誤が不可欠であり、協力と共有を必要とする」――科学啓蒙家マット・リドレー氏の言葉を引用し、上原氏は「皆さまにはAIを活用してビジネスやさまざまなプロセスの改善やイノベーションを起こしていただきたいです」とセミナーを結んだ。

この記事は ITmedia NEWS(https://www.itmedia.co.jp/news/)に2022年5月に掲載されたコンテンツを転載したものです。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2205/16/news005.html

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