イノベーションの一環としてi-Constructionを推進
ICTやデジタル技術を活用してビジネスを変革する。これはあらゆる業界にとって不可避のテーマである。社会・経済や事業を取り巻く環境が大きく変わろうとしているからだ。少子高齢化が進展する中、これまでのやり方では成長は見込みにくい。多くの産業の中でも労働集約的な作業が多く、慢性的な人手不足を抱える土木・建築業界はその代表例だ。
国もこの取り組みを後押しする。国土交通省はICTやデジタル技術で建設生産システム全体の生産性向上を図り、土木・建築業界の魅力度アップを目指す「i-Construction」を推進。業界横断で新しい技術開発を目指す取り組みも活発化してきた。グループ理念である「Changes for the Better」を軸に、変革を続ける三菱電機もi-Construction推進に賛同する企業の1つだ。
「若い人や女性でも働きやすく、やりがいを持って仕事に取り組めるようにする。これは重要な社会課題の1つです。ICTやデジタル技術を活用し、土木・建築作業を変革できれば、その課題解決につながると考えました」と話すのは、三菱電機の宮本 高明氏だ。
今年2月には鉄筋を配置し組み立てる「配筋」の状態をAIで検査するソリューションの提供を開始した。配筋検査は鉄筋コンクリート造の“基礎部分”にズレや間違いがないかをチェックする極めて重要な作業である。手間と時間のかかる検査作業を大幅に省力化し、少ない労力で高精度な検査が可能になる。次ページ以降ではこのソリューションがもたらす価値と開発の舞台裏をひもとき、三菱電機グループのイノベーション戦略を紹介していく。
三菱電機のイノベーションが生み出した新システムとは
三菱電機ビジネスイノベーション本部がi-Constructionの第一弾ソリューションとして発表したのが「AI配筋検査システム」である。
三菱電機の独自AI技術「Maisart(マイサート)」をベースに、三菱電機エンジニアリングのメディアシステム事業所と共に開発した。「ビルや交通、産業機械の計測制御機器の設計・製造、文書管理ソリューションなどで培った技術とアセットを最大限活用しました」と三菱電機エンジニアリングの植木 秀彰氏は話す。
システムはステレオカメラ付きの検査端末とクラウドサービスで構成される。まず事務所のPCなどでクラウドにログインし、検査項目や測定箇所・項目などを入力。それを検査端末にダウンロードし、検査・立会者の登録や設計情報の取り込みなど事前情報を設定する。現場では検査端末で対象の設計情報を選択し、端末のステレオカメラで配筋部分を撮影。あとはAIが画像解析を行い、自動で検査内容を計測処理してくれる仕組みだ。
図1●検査結果報告書の作成例
画像は3次元復元して処理するため、配置された縦横の鉄筋本数や鉄筋径(太さ)、配置間隔などを正確に計測可能だ。鉄筋径はD10(径約10mm)からD51(同51mm)まで3mm単位で設定されている種類を判別する。鉄筋間隔の計測性能も±5mmという非常に高精度なものだ。検査範囲が画面に収まりきらない場合は、複数画像をつなげて長さを合算する分割撮影にも対応する。
「撮影した範囲の鉄筋検出率は100%。例えば、下段の鉄筋が写り込んでいても最表面の鉄筋だけを検出し測定します。計測結果を検査端末からクラウドにアップロードすれば、検査報告書も自動で生成できます」と三菱電機の高原 健氏は説明する(図1)。
一般的な配筋検査作業は対象のマーキングやスケールの設置といった事前準備を行った上で、メジャーやノギスを使って一つひとつ計測していく。その結果は黒板に記録して撮影し、それを事務所に戻ってから報告書にまとめていた。「AI配筋検査システムを使えば、検査範囲を撮影するだけの簡単な操作で、検査作業から報告書の作成まで半自動化できるのです。大幅な省力化に加え、ヒューマンエラーのない高精度で確実な配筋検査が可能です」と高原氏はメリットを述べる。
検査端末には小型・軽量で高性能なRugged(ラグド)シリーズを採用
このシステムの中で特に重視したのが検査端末である。「土木・建築の現場は高齢化が進む一方、女性の働き手も増えています。ICT機器の操作に慣れている人ばかりではないため、使いやすく現場作業の負担にならない端末が必要だったのです。重いと持ち運びが大変で、特に女性は長時間使っていると腕が疲れてしまいます」と宮本氏は課題を述べる。
検査端末は大手ゼネコンと協業し、開発と検証を繰り返してきた。デバイス自体も複数メーカーの製品で検証を重ねた。その結果、三菱電機グループが最終的に採用したのが、デル・テクノロジーズの堅牢タブレット「Latitude 7220 Rugged Extremeタブレット」(以下、Ruggedタブレット)である。
AI配筋検査端末は重量2.1Kg。他メーカーのデバイスより軽量設計で、スペックも高い点を評価したという(図2)。「配筋の計測は端末側で行うため、高い処理性能が必要です。他メーカーのデバイスはスペック不足で計測処理に時間がかかっていましたが、RuggedタブレットはCPUにインテル第8世代プロセッサーのi7-8665Uを選択可能です。これを選択することで、計測処理スピードが大幅にアップしました」(植木氏)。耐寒・耐熱性能に優れ、IP-65規格に準拠した防塵・防水性能も備える。1.2mからの落下衝撃にも耐え、堅牢性も高い。
実際、試作段階ではJIS規格以上に厳しい三菱電機の製造基準に基づき、様々な角度から負荷耐久試験を実施したという。
「1.2mの高さからコンクリートに落下させる耐衝撃試験を何度も実施しましたが、故障することなく、撮影や計測処理にも全く影響はありませんでした。振動試験、梱包した状態での梱包振動、電気的な試験もクリアし、マイナス10℃からプラス40℃までの使用に耐える耐寒・耐熱仕様も実現できました。過酷な環境でも安心して使えます」と三菱電機エンジニアリングの久柴 拓也氏は評価する。
報告書作成を含む検査作業の工数を60%削減
三菱電機グループは国土交通省の「データを活用して土木工事における品質管理の高度化を図る技術」の実証実験に参加。Ruggedを検査端末とするAI配筋検査システムの試験運用を実施した。
狙いの1つが、検査端末の機能と操作性評価だ。「直射日光下で使用しても、ディスプレイの反射が少なく画面が見やすい。ディスプレイに傷が付きにくく、耐久性も高い。マルチタッチ機能なので、手袋でも操作しやすい。現場作業員にヒアリングしたところ、高い評価を得ることができました。初期の試作機より小型・軽量化できたため、現場の狭い通路でも持ち運びしやすく、作業中も疲れにくいと好評です」と久柴氏は満足感を示す。
もちろん、システム全体でも大きな成果を発揮した。「人が計測し報告書を作成する従来の配筋検査作業は180分かかっていましたが、AI配筋検査システムを使えば、75分で済む。全体の作業時間を約60%短縮できることを確認しました」と高原氏は胸を張る(図3)。
図3●AI配筋検査システムの導入効果
AI配筋検査システムは検査端末とクラウドサービスをセットにし、月額定額制のサブスクリプションモデルで提供する。製品として販売する計測機器は一般的に高額なものが多い。導入できるのは大規模なゼネコンなどに限られる。サブスクリプションモデルならシステム一式をサービスとして利用できる。「導入のハードルを下げ、中小ゼネコンでも利用しやすいようにサブスクリプションモデルを採用しました」と高原氏は狙いを語る。
今後はより幅広い配筋検査パターンに対応できるよう機能拡張を図り、土木・建築の多様な計測ニーズに対応した新たなソリューション開発も目指すという。三菱電機グループはi-Constructionの推進と普及を通じ、土木・建築業界の発展と社会課題の解決に貢献する活動をさらに強化していく考えだ。
日経BP社の許可により、2021年6月4日~ 2021年9月2日掲載 の 日経 xTECH Active Special を再構成したものです。