AI環境構築事例 ジオ・サーチ株式会社 見えないインフラの危険を事前に探知 「人とAI」の力で世界の減災に貢献

いま日本をはじめとする世界各国では、自然災害の頻発化・激甚化に対応した「減災」の取り組みに加え、老朽化した社会インフラの維持管理が喫緊の課題となっている。こうした国土強靱化ニーズに応える幅広い事業を展開しているのがジオ・サーチだ。同社はマイクロ波を活用してインフラの異常箇所を発見する独自の「スケルカ®技術」を強化するため、画像解析にAIを活用。人とAIの力を組み合わせ、増え続ける解析ニーズへの対応力を大幅に向上させた。

独自の「スケルカ技術」でインフラの脆弱性を発見

世界中の道路や港湾、橋梁などの社会インフラは、国民生活や経済活動を支える重要な基盤だ。しかし、特に日本では戦後の高度経済成長期につくられた社会インフラは老朽化が進み、多発する地震・台風などの自然災害により、劣化・損傷が加速している。その結果、事故に直結する道路・護岸の陥没や、橋梁床版の抜け落ちなどが顕在化するようになってきた。

ジオ・サーチ株式会社
執行役員
減災事業本部長
藤井 邦男氏

こうした社会生活を脅かす様々な危険を事前にキャッチし、最適な補修提案や維持管理のアドバイスを行う事業を展開しているのが“インフラの内科医”と呼ばれるエキスパート集団、ジオ・サーチである。

「当社は1989年の創業以来、一貫して道路・港湾・空港などの路面下に発生した空洞や、管理台帳では分からない埋設物の正確な位置情報、橋梁などのコンクリート構造物内部の劣化箇所といった、インフラの内部に潜む見えない危険を探知し続けて来ました。こうした危険箇所を早期に発見すれば、地震などによる災害を減らすことができます。我々の事業は、人々の命と暮らしを守り、災害に強い社会づくりに貢献していると自負しています」と話すのは同社の藤井 邦男氏だ。

その事業の根幹を支えるのが、マイクロ波を活用した独自開発の「スケルカ(透ける化)技術」である。高解像度センサーを搭載した専用探査車両「SKELE-CAR®」(以下、スケルカ―)が道路を高速に走行しながら、地中に向けてマイクロ波を照射。反射した波のデータを約100人のエキスパートがシステムを駆使して解析し、路面下に発生した空洞や橋梁床版の内部劣化、地下埋設物の位置などを立体的に可視化して診断する。これにより、道路の陥没や床版の抜け落ち、埋設物の切断など重大事故の発生を未然に防止することが可能となる。

「従来の探査手法では、探査車を用いた一次調査の後に、交通規制を行いながらハンディ型探査機を使った詳細調査が必要でした。しかしスケルカ―の開発により、詳細調査が不要となり、劇的な工期短縮とコストダウン、安全性の向上を実現しました。現在、スケルカ―は全国12カ所の拠点に31台配備しており、緊急時には12時間以内に調査できる体制を整えています」と藤井氏は続ける。

同社は、阪神・淡路大震災(1995年)や東日本大震災(2011年)などの大災害が起るたび、被災地の緊急輸送道路などの安全確保を行うため、過酷な現場にいち早く出動。その調査経験を踏まえ、国や自治体に路面下の総点検の重要性を提案し、従来の事後保全型の管理から、予防保全型の「減災」対策への転換を促してきた。これまで地球約6周分の25万kmの道路を調査し、約10万5000カ所の空洞信号を見つけている(2021年12月末現在)。これは名実ともに世界ナンバーワンの実績であり、その記録を現在も更新中だという。

グローバル展開も積極的に推進しており、台湾とアメリカに事業所および現地法人を設立し、社会インフラの維持管理や、災害対応の危機管理において同様の悩みをもつ海外の社会インフラを運営する顧客に「スケルカ技術」を駆使した空洞調査ソリューションを提供している。

ディープラーニングによる新しい推論モデルを開発

ジオ・サーチ株式会社
減災事業本部
画像診断プログラム統括
村瀬 貴義氏

同社は、調査品質の向上とスピードアップを図るため、スケルカ技術の継続的な強化を行っている。その一環として、路面下空洞調査では早くからAIを導入していたという。「データ解析における機械学習の活用は20年ほど前から行ってきました。特に、ここ3年ほどはディープラーニングの技術が劇的に進化し、ようやく業務の一部として使えるようになってきたので、簡易版AIを使い画像解析に適用してきました」と同社の村瀬 貴義氏は話す。

AI活用の背景には、時間のかかる解析エキスパートの育成に、事業拡大のスピードが追いつかない状況になっていたことがある。「日本の道路の総延長は約120万kmあり、定期的に調査を行うには膨大な量の画像解析が必要となる一方、空洞診断士を育てるには最低でも5年、エキスパートとなるには10年の教育が必要となります。従来の方法だと、ジオ・サーチが1年間で調査できるのは、交通・物流の主要となる幹線道路を中心とした約2万kmでした」と村瀬氏は続ける。「しかし、より市民に近い生活道路などでも老朽化が進んでおり、今以上に大量の調査を行っていかなければ社会課題の解決に追いつきません。当社では今後、国内においては、道路陥没のリスクを半減させるためにも年間で現在の約6倍に当たる12万kmレベルの調査を行っていきたいと考えています。さらに、世界の陥没事故を防ぐためにも解析者の負担を減らし、解析能力を強化するAIの力が必要だったのです」と村瀬氏は付け加える。

ジオ・サーチ株式会社
技術開発センター
ソフトウェア開発リーダー
近藤 大樹氏

2019年以降、同社は人による解析と並行して、簡易版AIでも年間約1万7000kmの道路データを解析してきたが、量的にはまだ不十分な状況だ。しかもこのAIはベテランの解析エキスパートに比べると、「ようやく半人前に近くなったレベル」に過ぎなかったという。

そこでジオ・サーチは東京大学との産学共同で、ディープラーニングによる新しい推論モデルの開発に着手。従来以上に高精度で高速なAIプラットフォームの構築を進めてきた。社内の開発リーダーとなった近藤 大樹氏は、「東京大学の研究室の方々から、様々な推論モデルのアドバイスをいただきながら、当社事業に最適なカスタマイズを行いました」と話す。

開発された環境は、TensorFlowを利用したDockerベースのコンテナAIである。開発はクラウドで行われたが、実行/運用環境はオンプレミスが選択された。その理由を近藤氏は、次のように説明する。

「一番の理由はコストです。スケルカ―で取得して、ディープラーニングで推論させるためサーバーに送るデータ量が毎日40~50ギガになります。これをクラウドに送り、GPUも利用するコストを試算すると、1年でオンプレミス環境のコストがペイできる計算になりました。またリソース増減のコントロールも、クラウドは柔軟性がある反面、ほかのユーザーの利用状況によっては待たされたり自由度が制限されたりする可能性があります。さらにいえば、クラウドはサービス停止のリスクが皆無ではないことも大きな懸念材料になると考えました」(近藤氏)

高信頼のGPUサーバーでAIプラットフォームを構築

そこで新たなAI推論モデルをオンプレミスで動かすプラットフォームとして選ばれたのが、デル・テクノロジーズの「PowerEdge R740xd」サーバーだった。

全国を走り回るスケルカ―から取得したデータは、複数の拠点を経由して「Dell PowerEdge R740xd」サーバーが配備されたデータセンターに送られる。そこでディープラーニングによる推論が行われ、解析エキスパートのスクリーニングを支援する情報としてフィードバックされていく

ジオ・サーチ株式会社
減災事業本部
ネットワーク・チーフエンジニア
小澤 宏美氏

「推論モデルは、搭載するGPUの種類によって動かないケースが多々あります。また同じNVIDIAのGPUでも、検討の時点でNVIDIA® V100とNVIDIA® T4の2つの選択肢があり、私としてはコスト面でやや有利なNVIDIA T4 GPUを試してみたいという考えがありました。そこで新たな推論モデルが問題なく動くかどうか、速度面で我々の要求を満たせるかどうかを検証するため、GPUサーバーの検証機をデル・テクノロジーズさんからお借りすることにしたのです」(近藤氏)

検証モデルの評価は非常に満足のいくものだったという。「推論モデルは問題なく動きました。NVIDIA T4 GPUで試した結果も性能要求を十分に満たすものでした。それ以上に驚いたのは、デル・テクノロジーズさんのサポート力の高さでした。GPUに関する専門的な知見やノウハウの提供に加え、どのような質問にも素早いレスポンスで回答をいただけるなど、これなら安心して任せられると判断しました」と近藤氏は話す。

デル・テクノロジーズは検証機の貸し出しに加え、GPUサーバーのスペシャリストを含めたアカウントチームがジオ・サーチに直接赴き、細かな要件の聞き取りと構成提案を行った。近藤氏と共に新たなAIプラットフォームの構築を担当したジオ・サーチの小澤 宏美氏は、「ディープラーニングに必要なシステム構成を深く理解されている方が継続的に対応してくださったほか、GPUサーバーの設置に必要な電源仕様やラックサイズについても細かく相談に乗っていただきました。当社の様々な要望やタイトなスケジュールに合わせていただけたことにも、とても満足しています」と述べる。

ジオ・サーチのデータセンターに導入されたNVIDIA T4 GPU搭載のPowerEdge R740xdサーバー4台は、近藤氏の手によって並列処理の環境構築とチューニングが施された後、2022年2月にリリースされた。実データを用いたパイロットプロジェクトで効果を確認しており、今後本格導入のフェーズに入る予定だ。

その運用ではリモートでサーバーの設定や操作を行うためのPowerEdge向けリモート管理ツールのiDRAC(アイドラック)が活用されており、OS(Ubuntu Linux)インストールやサーバー内のGPUの温度監視もリモートで行えるかたちとなっている。

人とAIの融合でパフォーマンスを最適化

ジオ・サーチでは、AIがまだ人の業務を代替するとは考えていない。AIと人が適材適所に役割分担することで、全体的なパフォーマンスを最適化することを大きな目標に据えている。

「囲碁や将棋の世界、医療でも特定の臓器についてはAIによる解析が実用化に近づいています。しかし我々がやっている非破壊調査の世界では、目に見えない地盤や構造物の内部解析において、多くの不確実性が残っています。地盤は雨が降って水が少し染み込むだけで状態がすぐに変わる。わずか数cmでも計測箇所が違えばデータも変わる。そういった世界では形式知よりも暗黙知の領域が広く、同じ反射信号でも本当にそれが空洞なのか、そうでないかの判断は経験値の違いがものをいいます。その意味でディープラーニングも、当社のベテラン解析者のレベルにはまだ達していません」と藤井氏は言う。

一方で、限られた人的リソースの中で、現在の5~6倍もの道路データを調査してスクリーニングするには、AIの力が不可欠だ。そこで同社は業務をスケールするために、人を支援する目的でAI活用を進めている。これはビジネスとして当然の判断といえる。「いま多くの企業がAI導入で足踏み状態にありますが、それは従業員がAIを“人の置き換え”というイメージでとらえているからではないでしょうか。そうではなく、人を支援する、持てる力を拡張するツールだと考えれば、今以上にAI活用のハードルは下がるはずです。実際に当社ではAIを、Artificial Intelligence(人工知能)ではなくAugmented Intelligence(拡張知能)であるととらえています」と近藤氏は語る。

もちろん、進化を続けるAIへの期待も大きい。現在は人とAIのハイブリッド体制による一次的なスクリーニングの後、複数人の解析エキスパートが合議しながらリスクの高い空洞の特定を進めているが、「ゆくゆくは新しい推論モデルの適用で、この合議に参加する“メンバーの1人”がAIになれば理想的です」と村瀬氏は話す。

ジオ・サーチは今後、国や自治体からの委託型ビジネスだけでなく、鉄道や建設、ライフラインといった幅広い顧客ニーズに対応したマーケットインのデータ解析サービス、スケルカ―をはじめとするハードウエアとソフトウエアの貸し出しサービスなども拡充させていく予定だ。そこでは今以上にAI活用のテリトリーが広がるものと予想される。災害が頻発化・激甚化するなか、AIを活用すれば、災害時に二アリアルタイムで被害状況を把握し迅速な復旧に繋がることが期待できるだろう。これからも同社は、グローバルで多発する自然災害に備えた防災・減災に貢献するため、最先端のテクノロジーをベースに、人とAIを融合させた高度な解析力を強化していく考えだ。

日経BP社の許可により、2022年4月25日~ 2022年5月30日掲載 の 日経 xTECH Special を再構成したものです。
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/22/delltechnologies0425/

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